妄想の箱庭
時に、何者でもない存在になりたい、と思うことがある。
日常に疲れてしまい、僕を捨ててしまいたいと思う。
僕という個を捨てて、物になってしまいたいと思うことがある。
全身タイツに身を包み、素材になることが出来たなら。
顔が出ているタイツにしようか、顔まで覆ってしまおうか。
色はどうしよう。顔もタイツに合わせて塗ってしまおう。
僕は僕でなくなり、誰かのための素材になる。
例えば白いタイツなら、僕は粘土のように捏ね回され、
その人の好きな形に作り替えられていく。
視線の先では、同じように素材になった誰かが、同じように捏ね回され、
組み立てられて物になった。僕はそれをただ、黙って見ている。
うらやましい、という感情を抱くこともあるだろう。
けれども、その時の僕は誰かのための素材だから、物も言わず、
ただ黙ってそれを見ているのだ。
時に、見知らぬ素材と共に捏ね回され、物になる日もあるのだろう。
時間が来たら、僕達はまた個を取り戻し、雑踏の中へ消えていく。
さっきまで素材だった者達は、互いの素性を知ることなく、個人へと戻っていくのだ。
またいつか、素材として使われる夜を求めて。
実際、そんなプレイは一度もしたことがない。
これはただの妄想だ。
こんな話が出来る相手もいない。
ただ僕は迫る現実から少しだけ逃避するために、
あてどない夢に浸るのだ。